アンカリングなどの「直感ショートカット」の正体
直感的判断の利点と限界
今日の予定
アンカリング(係留)と調整
今回は、アンカリング(係留)と調整について見ていきましょう。
トヴェルスキーとカーネマンは、
『人間はよくわからないことを予測する時、最初になんらかの数値(アンカー=錨)を頭に設定してしまい、そこから調整して答えを出そうとする。でも、最初の数字に引きずられすぎて、調整が不十分になり、答えが歪んでしまう』
と提唱しました。
では、実験してみましょう。5秒以内に直感で答えてください。
8 × 7 × 6 × 5 × 4 × 3 × 2 × 1 の答えはいくつでしょうか?
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トヴェルスキーらの実際の実験では、この問いに対する回答の中央値は『2,250』でした。
では、別のグループにこう聞きました。
1 x 2 x 3 x 4 x 5 x 6 x 7 x 8 の答えはいくつでしょうか?
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・
すると、回答の中央値はたったの『512』になりました。
どちらも正解は『40,320』です。
なぜこんなに差が出たのでしょうか?
人間は5秒しかないと、最初のいくつかだけ計算します。
前の問題なら『8×7×6くらいで336…あとは適当にかけて…』と大きな数字(アンカー)を基準にします。
後ろの問題なら『1×2×3×4で24…』と小さな数字を基準にします。
その最初の基準点(アンカー)から『調整』をして最終的な答え(予測値)を出すのですが、調整がうまくいかず、最初の数字に引きずられてしまうためです。
予測値は、
問1のように問題が降順で示された場合にはより大きく、
問2のように昇順で示された場合には小さくなりました。
アンカーは最初のいくつかの数字の積として、
自分自身により指定されました。
これは、まったく無関係な数字でも起こります。
国連のアフリカ加盟国の割合を予想させる実験がされました。
1から100まで書かれているルーレットのような円盤を回したところ、10に止まりました。
問題
国連加盟国のうちアフリカの国々が占める割合はどのくらいでしょうか?それは10より大きいですか、小さいですか?
問題の国の数を答えましょう。
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実験の結果、国の数の中央値は、『25ヶ国』だったそうです。
別の被験者に同様な実験をしました。
このときのルーレットの数字は、65に止まりました。
中央値は、『45ヶ国』となりました。
ルーレットの数字に意味はないのに、脳が勝手にそれをアンカー(基準)にしてしまいました。
さらに、別の被験者に実験をしました。
問題を提示し、答えてもらったあとで、
ルーレットのような円盤を回す代わりに、
各自の学籍番号の下2桁を書いてもらいました。
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学籍番号の大小と回答の数の大小には
まったく関連は見られませんでした。
指示の順番を変えただけで、
学籍番号のアンカーとしての機能は消滅しました。
つまり、『問題について考える直前に見せられた数字』が、アンカーとして強く働いてしまうということです。
問題を考える前に示されると、
その後で考える最終的な予測値は
最初のアンカーに影響されるようです。
このようなことは判断や決定に関する非常に広い範囲で見られ、
アンカーの影響は強く、それを除去することは
難しいことが指摘されています。
ビジネスやプロの世界でのアンカリング
アンカリングは、日常にも溢れています。
たとえば、商品を買う時、価値に基づく正しい価格がわかるのは稀です。
たとえば、新商品が発売されました。
いくらで売り出せばいいでしょう、
と聞かれたらどうしますか?:
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大抵、類似した商品の定価などを参考に決めていきます。
買う際にも、いくつかの商品の定価を見比べて、
妥当な価格を判断しているのではないでしょうか。
交渉事で『わざと高い条件から吹っかける』
つまり、何かを売りたい時、妥協できる価格より高い提案を行うことや、
何かを買いたい時、低い提案を行うことは
普段なにげない交渉の中で、
アンカリング効果を意識しなくても用いられています。
素人だから騙されるんでしょう?
と思うかもしれません。
でも、プロでも騙されます。
たとえば、行動ファイナンスの専門家ロバート・シラーが、
アンカリング効果が株式市場にもたらす影響を調べました。
標準的なファイナンス理論では、
株価は経済や企業の基本的な実力である、
ファンダメンタルズに基いて決定される、と主張されますが、
投資家は適正な株価水準を知っているわけではなく、
限定合理性により知ることは出来ません。
株の売買に関して、
何らかのアンカーを手がかりにして判断しています。
この際のアンカーとは何でしょうか?
投資家が判断基準とする数値であり、
記憶にある最近の株価や、
東証平均、日経平均といった
よく知られた株価指標、
他の銘柄の最近の株価、株価収益率などです。
つづけて見ていきしょう。
ノースクラフトとニールは住宅価格について実験しました。
専門家と素人の被検者に
住宅の販売価格を見積もる作業を依頼しました。販売対象の住宅を点検してもらい、
被検者に住宅の詳しい情報や近隣住宅の価格など
が書かれた約10頁のパンフレットを渡しました。さらに4つのグループに分け、
119,900ドルから、149,900ドルの
異なる希望販売価格を提示しました。そして、推奨販売価格と購入するとした場合の購入価格等を見積もってもらいました。
結果はどうだったでしょう。
不動産売買の専門家である被検者のうち
低い方の希望販売価格を知らされた人たちの
査定価格の平均値は、約11万4千ドル、
販売価格は、 約11万8千ドル
購入価格は、 約11万1千ドル
高い方の希望販売価格を知らされた人たちの
査定価格の平均値は、約12万9千ドル、
販売価格は、 約13万1千ドル
購入価格は、 約12万7千ドル
一般の人たちの見積りでも同様の傾向が見られました。
どちらも希望販売価格をアンカーにして、
価格が決められていることがわかりました。
イングリッチらは、経験を積んだ裁判官の『判決(刑期)』であっても、
判決が求刑によって影響されることを実験で確かめました。
同一の事件に対して34ヶ月の求刑がされた時と、
12ヶ月の求刑がされた時では、
判決に8ヶ月もの差が出たそうです。
このとき求刑は素人であるコンピュータ専攻の学生によって行われました。
このように色々な場面で、アンカーリングが行われていて、
裁判官のような究極のプロでさえ、アンカリングの影響を除去するのは難しい。それほど人間の脳のバグは根深いものです。
シミュレーション・ヒューリスティック
次の罠は『シミュレーション・ヒューリスティック』です。
社会心理学者のスーザン・フィスク教授(プリンストン大学)と
シェリー・テイラー教授(カリフォルニア大学)が提唱したもので、
『頭の中で架空のシナリオを思い描きやすいものほど、可能性が高いと信じ込んでしまう』
という心理です。
経験や先入観などから架空のシナリオを思い描いて結果を推定します。
これらは、将来の予想・因果推論・反実仮想などに使われていて、架空のシナリオに基づいて推定します。
将来の予想
人前で話すのは苦手なのに、結婚式のスピーチを頼まれてしまったとき、
「学芸会で、緊張のあまりセリフを忘れてしまったことがある。今度も、頭が真っ白になってまた失敗するにちがいない」と信じ込んでしまうという心理です。
このように過去の経験から未来の失敗を予想したりします。
因果推論
マグカップが割れていたとき、隣の書類の山を見て『あれが倒れて落ちたに違いない』と、勝手にストーリーを作って原因を決めつけてしまいます。
このように、原因と結果の関係を推定します。
反実仮想
自動車で空港に向かったところ、渋滞に巻き込まれ、フライトの時間に遅れてしまったとき、
「もし、車ではなく電車で向かっていたら、時刻どおり空港に到着でき、飛行機に間に合ったのに……」と想像しやすいシナリオを作って、余計に悔しがったりします。
このように、事実と異なる想定をします。
この3つは妥当な推論に思えるかもしれません。
しかし、あくまで脳が勝手に作った「架空のシナリオ」にすぎず、本当かどうかはわかりません。
いい方向に作用するときもあれば、悪い方向に作用するときもありますが、
自動的に、無意識に架空のシナリオを立てて(ストーリーを作って)しまうということを知っておいてください。
迅速・簡素なヒューリスティクス(直感の凄さ)
ここまで『直感は罠だ!』と言ってきましたが、実は素晴らしい能力でもあります。
独:マックス・プランク研究所のゲルト・ギゲレンツァのグループは、
『直感(ヒューリスティクス)は、複雑な計算をしなくても、素晴らしく正確な答えを出してくれることがある』
と主張しました。
すなわち、ヒューリスティクスに基づく判断や決定の利点を強調しました。
迅速・簡素なヒューリスティクスは、
時には多くの認知資源を必要とする、難しい時間のかかる計算から得られた、最適解に匹敵する、十分満足のいく解をもたらす、
という主張です。
その中のいくつかを見ていきましょう。
まず、質問です。
アメリカの2つの都市
サン・ディエゴと
サン・アントニオ
どちらの人口が多いと思いますか
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どちらでしょう。
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答えは、サン・ディエゴ(実験された当時)。
米、独の学生に質問した結果は、
アメリカの学生の正解率 62%
アメリカの都市ですから、
アメリカの学生のほうが、
ある程度知識があると考えられます。
ドイツの学生のうち、
サン・ディエゴについて聞いたことがある
学生の正解率は100%でした。
ちなみに、
サン・ディエゴについて聞いたことがある学生は 78%、
サン・アントニオについて聞いたことがある学生は 4%、
でした。
情報の少ないドイツの学生の方が、
情報の多いアメリカの学生より、正解率が高かった。
この時ドイツの学生が用いたと考えられるのが
再認ヒューリスティクです。
一方の都市の名前は聞いたことがある(再認できる)が、
他方は知らない時、
知っている都市の方が人口が多いだろう
(再認した対象が基準に照らして高い値を持っている)と判断した、
と考えられます。
位置を確認しておきましょう。
人口 別のランキング アメリカ合衆国 内の上位 100 件の都市
Data Commons 2024, Data Commons, viewed 2 Jun 2024, <https://datacommons.org>.
この名前の再認と判定は色々な場面で起きています。
たとえば、
大学の優秀さ、商品の評価、株式投資、
スポーツチームの成績などの判定でも
名前の再認と判定の正確さには
正の相関があることが確かめられています。
大学が優秀であると、
その教授陣の研究の成果が伝わったり、
学生や卒業生が社会的に活躍していることが多いため、
名前を聞く機会が多くなり、
大学の優秀さと名前を聞いたことがある、
ことが結びついていきます。
仰角(ぎょうかく)ヒューリスティク
では、質問です。
野球の外野手はフライをどうやって捕球していると思いますか?
・
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・
バッターが打った。
高く上がった。
こっちに来た。
前かな?
前だ。ダッシュ!
とれた!
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・
・
もし、これをコンピュータで予測する場合、
飛球の落下点を、
飛球の初速、角度、風向き、強さ、球の回転
についての情報から複雑な計算をして求めます。
人間はこんな計算をしているのでしょうか?
野球の外野手がフライを捕る時。
彼らは、風速や角度から微分積分で落下地点を計算しているわけではありません。
『ボールを見上げる角度(仰角)が一定になるように走る』という、ものすごくシンプルなルールに従っているだけです。
これを、仰角(ぎょうかく)ヒューリスティク と呼んでいます。
参考
このように、ヒューリスティクはメリットも多く存在しますが、
ギゲレンツァらは、こう言っています。
『人間の直感は、それが活きる環境(生態)で使えば、最高の道具になる。人間は進化の過程で、生き残るためにそういうシンプルな道具のセット(適応的道具箱)を身につけてきたんだ。』
また、「主体の側の限定合理性と問題の状況(環境・生態)の相互作用によって、ヒューリスティクスはうまく働く場合とそうでない場合がある」
といいます。
意思決定を支えているのは、
主体の認知能力ばかりでなく、
問題が置かれている状況も同様に重要です。
環境(生態)に適応した合理性という考え方を重視しました。
再認ヒューリスティクや仰角ヒューリスティクのような、
極めてシンプル(簡素)で素早く(迅速に)実行できる、
ヒューリスティクスを用いることにより、適切な判断ができる、
という主張です。
適応的合理性 と呼んでいます。
たしかに、
環境に適合したヒューリスティクスはうまく機能しています。
同様なヒューリスティクスは
特定の領域(適切な状況、生態、環境)で用いるために、
生得的、あるいは経験による学習を通じて、
人間が備えるようになった認知的機能であり、
そうした道具の集まりを適応的道具箱と呼んでいます。
ながらスマホと認知資源
直感がうまく働くには『環境』が大事です。
運転中の携帯電話(スマホ)の使用が禁じられているのは、なぜでしょう?
・
・
これは、小学校のときから警察の講習で聞いていると思いますが、とても危険だからです。
人間が注意を向けられる容量(認知資源)には限界があります。
スマホを持ったまま、自転車や自動車を運転する場合、
会話や操作に神経が集中し、認知資源を使ってしまいます。
そうすると運転に必要な資源が少なくなり、不注意になってしまいます。
また、視野が通常の20分の1までに減ってしまうと言われています。
この状態では、なにかをしようと思っても、時間がかかり遅れてしまいます。
つまり、人をよけようとしても、ぶつかってしまう状況が多くなります。
また、ヘッドセットやイヤホンは聴いているだけで、見えているから大丈夫、と思うかもしれません。
でも、好きな音楽を聞いているときに、なにか話しかけられても、
すぐに答えられない状況はよくあることだと思います。
以下の引用にもあるように認識が遅れることが確かめられています。
個人差はありますが、両耳にイヤホンをして自転車に乗る実験では、平均0.3秒ほど視覚認識が遅れることがわかっています。
時速10kmで走る場合、1秒間に2.8m進むわけですから、0.3秒間に70〜80cm進むことになりますね。ロードバイクなどスピードが出る自転車に乗っていれば、0.3秒で1m以上進む場合もあるでしょう。わずかな距離のように思えますが、ちょっとした認識の遅れによって、大事故が発生する可能性は否めません。
視界の“95%”が消える? 「ながらスマホ」の危険性を視線計測で検証
ソフトバンクニュース、2019.11.1
参照
- 2.ながらスマホがいけない理由は?
- 1.あなたの周りの ながらスマホ – 損害保険料率算出機構
認識、認知、意識
では、次に、このどうしても遅れてしまう認識という言葉について、見ていきましょう。
認識とひとことで説明しましたが、
- ある情報という刺激に接したあと、
- それに注意を向け、
- 理解する
までの過程を表していると言えます。
急に目の前に人がいた事に気づき、
注意を向け、まずい、よけなきゃ!と理解してはじめて、
よけるという行動に移れるわけです。
ながら歩行やながら運転では、気づくのに遅れ、避けなきゃと理解するのに遅れ、この過程に時間もかかる為、やめましょうと言われています。
①認識(≒理解)は、ある事柄を「しっかり理解している状態」や「しっかり理解しようとする動作」のこと。
ex 我々に問題があることを認識した。
AIは人間の心の動きまで認識している。
ニュースを見て、今の社会問題に対する認識を深めた。②認知(≒認識)は、認識と似ているが、「知っている状態」に重点が置かれる。程度は問わない。
ex 我々はこの問題を認知していない。
③意識(≠認識、認知)は、名詞の場合、我々の頭の中にもっている世界や考えのこと。
ex. 意識を失う。
この商品に関する意識調査を行う。動詞の場合、頭の中で気にかけること
ex 写真写りを意識する。
私は彼と一緒にいると、彼をずっと意識してしまう。
引用:認識 と 認知 と 意識 はどう違いますか?(HiNative)現在、表示されません。
まとめ:「考え抜く型」で直感とデータを使いこなそう
最後に、今日学んだことを私たちが日々生きていくための『考え抜く型(データ思考)』に落とし込んでまとめましょう。
- 【自分の直感(アンカー・シナリオ)に気づく】
- 今日学んだように、私たちは最初に見た数字(アンカー)や、頭に浮かびやすい架空のシナリオ(シミュレーション・ヒューリスティック)に無意識のうちに引っ張られます。
- まずは『今、自分は何か別の数字や過去の失敗に引きずられていないか?』と、自分の認知のクセに気づくことが第一歩です。
- 【直感(ヒューリスティクス)の強みを知る】
- しかし、直感は悪者ではありません。
- ドイツの学生がサン・ディエゴを当てたように、あるいは外野手がフライを捕るように、私たちの脳には『情報が少ない状況で、素早く正しい答えを出す(迅速・簡素なヒューリスティクス)』という素晴らしい能力(適応的道具箱)が備わっています。
- 【意識と認知資源をコントロールする】
- 直感が正しく働くのは、適切な環境にいる時だけです。
- 『ながらスマホ』のように認知資源を別のことに奪われていると、認識や理解が遅れ、致命的な事故に繋がります。
- 大切な判断をする時は、自分の『意識』をしっかり目の前の問題に向ける環境づくりが不可欠です。
- 【直感と論理を使い分ける】
- 飛んでくるボールを捕る時は『直感(ヒューリスティクス)』を信じる。
- しかし、大きな買い物やビジネスの判断、将来の予測をする時は『アンカリングされていないか?』と立ち止まり、客観的なデータやツールを使って『論理』で計算する。
この【直感の罠に気づき → 状況に応じて素早い直感と → 客観的なデータ思考(論理)を使い分ける】というハイブリッドな『考え抜く型』を身につければ、皆さんのこれからの人生の意思決定は劇的に良いものになります。
今回はここまで。
確認の問題に答えてもらって終わりましょう。